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自動車保険配布スキンパーツ1 『信仰心』+『死生観』=『敬神崇祖』

先日届いた藤原先生のメール。

いつもながら、なかなか読み応えがありましたが、ちぇりーさん今回は特に興味深かったのは『信仰心』に触れられていたからなんです。

というのも、ご縁のある方々とお話ししている際、『宗教』についての話題になって、「ちぇりーさんは何かやっているんですか?」(デリケートな話題と認識されている方が多いのか、妙な聞き方ですが、そんな感じですね・・・苦笑)と尋ねられることがたまにあります。

そういう場合、ちぇりーさん、「特定の宗教はありませんが、信仰心は持っていますよ」と応答することにしています。

さて、その藤原先生のメール、少し転載させてください。

  まず人の命には必ず死があります。企業にも場合によっては死があります。死を見つめることを余儀なくされるリーダーは、常に「信仰心」がなければ成功しません。これは日本最初の戦国大名、北条早雲の家訓、「早雲寺殿廿一箇条」の筆頭に出てきます。「第一に神仏を信じ奉るべきこと」。ただし、ここでは何も特定の宗教を信奉しろと言っているのではありません。逆に言うとどこかの教団に入っているからといって決してその人が常に「信仰心」を持っているとは限りません。常に「信仰心」があるとは、常に自分の魂の半分があの世の世界にあって、常に生死の境目を行き来できる自分を実感していることです。

まさに『信仰心』と『死生観』ですね。

そして、ちぇりーさん的に『信仰心』と『死生観』を別の表現に置き換えるなら、『敬神崇祖』という言葉に落ち着きます。

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いろんな書物でも述べられているように思いますが、「religion」を「宗教」という言葉に置き換えてしまってから、日本はおかしくなりはじめたのかも知れません。
☆よくわかりませんが・・・汗

藤原さんご自身は、特定という意味では大本に傾倒されているようですが(間違っていたらゴメンナサイ)、広い視野と深い見識(胆識かな?)から発信される情報はいつもながら本当に有り難いですね。

本日はツキイチの全社研修会。

手と手を合わせて発進です!

ではでは。

by cherrylayla | 2011-09-10 07:20 | Comments(0)

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