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自動車保険配布スキンパーツ1 営業とは下坐の行

昨日コネタにした、秋分の日に楽しんだ田坂広志さんの再読もの。

その中に、こんなフレーズをマーキングしていたことを見つけていました。

  営業とは下坐の行

田坂さんは営業という仕事を、

  人間として成長できる最高の仕事

と捉えています。

その出発点として、

  営業とは、誇り高き「下坐の行」であると思い定めること

と教えてくれます。

その上で、具体的な取り組みとして、

  「顧客に買っていただく真の商品は、何か」
  「仕事における苦労や困難の意味は、何か」
  「一人の顧客と出会うことの意味は、何か」

という3つの問いを、深く考えること

を薦めてくれます。

相変わらず深い田坂ワールド!

そんなことに改めて触れていると、タイミングよく朝日記にも9月24日、25日と連続でこんなフレーズを記していたんですね。

9月24日
『下坐を行ずる1』下坐行とは、自分を人よりも一段と低い位置に身を置き、その地位に安んじて、わが身の修養に励むことです。そしてそれによって、自分の傲慢心が打ち砕かれるわけです。すなわち実力以下の地位に対して不平不満の色を人に示さず、真面目にその仕事に精励する態度を言うわけです。

9月25日
『下坐を行ずる2』世間がその人の真価を認めず、よってその位置がその人の真価よりはるかに低くても、それをもって、かえって自己を磨く最適の場所を心得て、不平不満の色を人に示さず、わが仕事に精進するのであります。これを「下坐を行ずる」というわけです。


はい、森信三先生の修身教授録一日一言からの転載ですね。

せっかくだからと、今朝起き抜けに、原典である『修身教授録』を繙いてみると、やはり重いですねえ・・・p416-421です。


  そこでわれわれ人間も、どうしても真実を積まねばならぬわけですが、しかし事を積むには、まずその土台からして築いてかからねばなりません。では人間を鍛えていく土台は、一体どういうものかというに、私はそれは「下坐行」というものではないかと思うのです。すなわち下坐行を積んだ人でなければ、人間のほんとうの確かさの保証はできないと思うのです。たとえその人が、いかに才知才能に優れた人であっても、またどれほど人物の立派な人であっても、下坐を行じた経験を持たない人ですと、どこか保証しきれない危なっかしさの付きまとうのを、免れないように思うのです。

  ・・・・・・泰山前に崩れるともたじろがない信念というものは、かつては自分と同級生であり、否、うっかりすると自分より下級生であった人の前に、頭を下げねばならぬような位置に身をおきながら、しかも従容として心を動揺せしめないこの下坐行の修練によってのみ得られるものだと思います。

  このように人間というものは、平生、事のない場合においても、下坐行として何か一つ二つは、持続的に心がけてすることがなければ、自分を真に鍛えていくことはできにくいものです。たとえば掃除当番の場合などでも、友人たちが皆いい加減にして帰ってしまった後を、ただ一人居残って、その後始末をするというようなところに、人は初めて真に自己を鍛えることができるのです。それが他から課せられたのではなく、自ら進んでこれをやる時、そこには言い知れぬ力が内に湧いてくるものです。そこでこうした心がけというものは、だれ一人見るものはなくても、それが五年、十年とつづけられていくと、やがて人の心の中に、まごうことなき人間的な光が身につき出すのです。世間の人々の多くは、世の中というものは当てにならないものだと申します。しかし私は、世の中ほど正直なものはないと考えているのです。ほんとうの真実というものは、必ずいつかは輝き出すものだと思うのです。ただそれがいつ現れ出すか、三年、五年して現れるか、それとも十年、二十年たって初めて輝き出すか、それとも生前において輝くか、ないしは死後に至って初めて輝くのかの相違があるだけです。人間も自分の肉体が白骨と化し去った後、せめて多少でも生前の真実の余光の輝き出すことを念じるくらいでなければ、現在眼前の一言一行についても、真に自己を磨こうという気持ちにはなりにくいものかと思うのです。



流石、森信三先生。

ちぇりーさん、そこまで立派にならぬとも、方向性だけは間違わず一歩でもその領域に近づけるよう、生活を通して実践ですね。

あっ、ホントは昨日初体験した豊橋カレーうどん、そして師匠とバグジー久保さんのジョイント講演会のお話をご紹介したかったのですが・・・

はい、こちらは明日以降のお楽しみということで。

あっ、豊橋といえば昨日の往路、鍵山先生の著作からもシンクロしていました(笑)。まだ読みかけですが、メモったとこだけ転載します。


  ・・・・・・自分が変わった分だけ、確実に相手も変わります。変わるべきは、まず自分。その第一歩は、「いまから」「自分から」下座に降りることです。(『人生の作法』PHP・p43)


今回の検察(政府)の対応が下坐の行というのはシャレになりませんが・・・これについては言葉がありませんね。どうするつもりなんでしょうか・・・涙&呆

ではでは。

by cherrylayla | 2010-09-25 07:48

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